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「悼む人」 @PARCO劇場

「悼む人」@PARCO劇場
原作:天童荒太 脚本:大森寿美男 演出:堤幸彦
キャスト:向井理/小西真奈美/手塚とおる/真野恵里菜/伊藤蘭

芝居を見る前に、原作を読んだ。
はっきりとすべてを理解することはできなかったけれど、なにかズシンと心に響くものが残った。

 この人は誰に愛され、
 誰を愛していたでしょう。
 どんなことで感謝されたのでしょうか。

静人がなぜ人の死を「悼む」旅を続けているのか。
母親から静人について語られるけれど、はっきりとはわからない。いや、静人自身にもわからないのかもしれない。

自分の心に何が残ったのか。
自分で把握することができないまま、舞台を見ることになった。

登場人物は、坂築静人(向井理)、静人の母親で末期がんを患っている巡子(伊藤蘭)、静人の妹でシングルマザーになる美汐(真野恵里菜)、とある事件の取材で静人に出会う雑誌記者の蒔野(手塚とおる)、夫を殺した罪で服役し出所したばかりの倖世(小西真奈美)。

原作ではこれらの人物のエピソードが細かく語られていくのだけれど、舞台上では今の靜人に深く関わる人、ということなのか、倖世のエピソードに絞り込んだ話になっていた。

大きなフレームで空間を区切ってエピソードを分け、さまざまな画像を使ってシーンを切り替える。堤幸彦っぽい、とか思ったり。
あー、でも原作のあそこまでの濃密な世界を見せるのはむずかしいか..とも思った。

ただ、この舞台では、母親、母性、といったところに焦点があたっていたのかもしれない。

人間は母親の胎内から生まれて、最後にはまた誰かの心の中にしまいこまれる。
外に出て、内に帰るんだなー、って思った。
最後の舞台セットが胎内?そんな感じだった。

さて。自分がもし死んで静人のような人が表れて
「この人は誰に愛され、誰を愛していたでしょう。どんなことで感謝されたのでしょうか。」
と周りの人に聞いたら、人はなんと答えてくれるのだろうか。
そんなことも考えた。

小西真奈美がすごかった。

殺した夫、朔也が常に彼女にとりついて語りかけているという設定のため、ふたり分の感情をぶつけて一人二役を演じ分ける難役を熱演。
多少音声の加工はしているのだろうが、倖世がしゃべるときと朔也がしゃべるとでは声色もしゃべり方も(たぶん)表情も変えている。早口で膨大な量(全体の半分ぐらいかも!)のセリフ。
そして最後は生まれ変わったように穏やかな人になっている。

静人はあえて自分の感情を抑えて生きている人なので、倖世との対比がよりくっきり。

向井くんは演技がうまい役者さんとは思っていないので(好きだけど)、果たしてこの役どうなんだろうなーという思いはありました。
ご本人も「難しい役」と言ってるし。

ただ、あえて感情を波立たせないように淡々としている姿はよかったんじゃないかな。その分、最後のほうで倖世の回想シーンで朔也になるときと、倖世との関係で自分の感情に正直になるときが際立つ、というか。
がんばってたなー、向井くん。

このお芝居は長く続くので、すべて終わったときに彼の中になにか大きなものは残るんじゃないかな。
なんて。(エラそー。。)


で。
真ん中の通路のすぐ後ろの席だったので、すぐ目の前を向井くんが通った。
背が高くて、手足長くて、顔ちっさー。
でした。

さらに。

カーテンコール後、袖にはけて行くときに手をぷらんぷらんさせて歩いてて、一瞬だけ素の向井くんが見れた気がしたheart01

ま、すぐ切り替えないでずっと坂築靜人引きずってたらこの長丁場の公演持たないわな。
がんばれ、向井くん。

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